Interview
「こころに平和をくれるもの」
vol.02 多田諭史さん
Text: 那須ミノル
real local山形ライター
https://www.reallocal.jp/yamagata

平穏に、日常を生きる。そのための知恵や工夫のようなもの。暮らしのなかに埋もれている、奥ゆかしさのようなもの。それらもまた、このまちに生きる人びとの、とても大切なクリエイティビティかもしれません。このまちで日々を営む一人ひとりの胸の内をたずね、しずかな声にじっと耳を傾けながら、その輪郭をぼんやりとでも浮かびあがらせてみたいものです。
いったい、あなたのこころに平和をくれているものはなんですか。きょうは、Web制作を担うクリエイティブチームCloudy(クラウディ)のWebディレクター、多田諭史さんに話を伺います。
■プロフィール
多田諭史(ただ・さとし)/1976年 山形県生まれ。Web制作チームCloudy代表。現在は山形と宮城を行き来する生活を実践中。
穏やかそうに見えますか。じぶんではまったくそうは思いません。もしかすると、穏やかというより静かというか。さらにいえば、ただ単に「声がちいさい」だけかもしれません。むかしから、大きな声を出すのがしんどくて、声のボリューム上げていくともうツラい、という感じになります。ですから、ひとと会話していると「え?」とか「聞こえない」とかそういうリアクションをされることが多いです。
わたしは就職したのはわりあい遅くて、27歳くらいのときだったのですが、はじめて勤めたその会社では、あまりに声が小さいからという理由で、入社してすぐに声出しの練習をさせられました。会社の社長から「なんでおまえはそんなに声が出ないんだ」と言われて、アナウンサー教本みたいなものを持たされて、社長とマンツーマンで向き合って「おひさま、あかるい、あはははは」みたいな発声練習をしました。その様子を見ていた会社の先輩たちからは「あいつ、辞めるんじゃないか?」と本気で心配されていました。
結果的にそれで声が大きくなることも、わたしがすぐに会社を辞めることもありませんでしたが、そんなことがあったくらい、若いころから声がちいさかったし、滑舌も良くありませんでした。おそらく今もそうです。しかし一方で、Webデザインという仕事は、いわゆる専門職的なもので、体育会系である必要もありませんし、オタクっぽくても許されるところのある業界だと勝手に思っていて、多少声が小さくても許してもらえると信じてきたところはあります。お客さんにWebのことを伝えるときには、営業マンみたいにハキハキと説明するよりは、むしろゆっくりボソボソ喋るような説明のほうがウケるだろうと勝手に思っていましたし。実際それを受け入れてもらってきたような気がしますし、その会社を辞めてからもずっとその延長で現在に至っているかもしれません。
それに、怒ることもあります。たとえば、息子に対して、とか。あ、でも、最近はそれもなくなってきましたね。じぶんは修行の時期に入ったのかなと思うくらい、怒るのをあきらめたところはあります。というのも、怒ったところでなにもいいことがないからです。怒りに任せたり、相手の感情に巻き込まれたりすることは精神的にしんどいですし、怒鳴ったところでほんとうになんにもならないどころか、逆にあとから後悔することばかりだということに気づきました。なので、もうやめよう、と。正確にいうと、あとで恥ずかしくなるのです。怒ったあとは「やっちまった感」が強くなりますし、怒ったときというのは言語化がうまくいかないのです。
怒っているから、相手になにかを言いたい。でも、熱くなっているからいいセリフがその場でぜんぜん出てこない、ということが起きてしまう。むりやり言葉にしようとしても、出てくるのは3分の1ぐらいのクオリティの言葉で、言い放ってしまってから「ああ、もっとこう言えばよかったのに」みたいな後悔があとからどーんと押し寄せてくるんです。言葉が感情に追いつかないのでしょう。言葉として綺麗にまとまらなかったことが、もう悔しくてしかたがないわけです。
そうなると今度は、後日、夢のなかで抜群にきれいに怒鳴ってる夢を見たりするんです。夢のなかではセリフは完璧です。目覚めてから笑っちゃうくらいです。おそらく、怒って喋ってしまったときのかっこ悪さが夢のなかで修復されたり補完されたりしているのでしょう。あぁ、すっきりした、みたいな気持ちにさえなります。でも、そういうすっきりはやっぱり現実ではできないのです。熱くなったときの喋りというのがほんとうに苦手なのでしょう。
さいきんすこし生活環境が変わったことも影響しているのでしょう。ちょっと距離をおいて客観的に観察しているところがあるようです。環境の変化のなかにいるじぶんのことや、息子のことや、いろんなことを。振り返りの時期ということなのかもしれません。静かに、冷静に、じっと見ているような感覚があります。それは、怒っているときの「反応してバーン」みたいなものとは真逆の、とても静かな観察です。
Text: 那須ミノル
real local山形ライター
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