Creative City Yamagata

Interview
「こころに平和をくれるもの」
vol.01 加藤健司さん

2026.03.06.Fri

Text: 那須ミノル
real local山形ライター。
https://www.reallocal.jp/yamagata

平穏に日常を生きるそのための知恵や工夫のようなもの暮らしのなかに埋もれている奥ゆかしさのようなものそれらもまたこのまちに生きる人びとのとても大切なクリエイティビティかもしれませんこのまちで日々を営む一人ひとりの胸の内をたずねしずかな声にじっと耳を傾けながらその輪郭をぼんやりとでも浮かびあがらせてみたいものです
いったいあなたのこころに平和をくれているものはなんですかきょうは山形大学人文社会科学部 日欧比較文学教授の加藤健司さんに話を伺います

■プロフィール
加藤健司(かとう・けんじ)/1963埼玉県生まれ1993年慶応義塾大学文学研究科博士課程単位取得退学専門はドイツ文学比較文学洗足学園魚津短期大学専任講師富山大学金沢大学富山国際大学などで非常勤講師を務めたのち2010年より現職訳書に『迷宮』(共訳工作舎1996年)『マゾヒズムの発明』(共訳青土社2002年)『ウルメル』シリーズ(ひくまの出版2005年)『文学的絶対』(共訳法政大学出版局2023年)などがある


まったくこころ穏やかじゃありません研究とは関係ないことを職場でいろいろやらされて「面倒くせぇなまたかよ」なんてぼやいている毎日ですでもまあいいかしょうがないかとも思いながらじぶんでなければ他の誰かがやるだけの表層的なことをただ淡々とやればいいだけそういう意味では気持ちはいつも低空飛行かもしれません

野望めいたものもありませんもちろんむかしは多少あったでしょうかドイツ文学の看板を掲げている以上ドイツ人のドイツ文学者に勝たなければとかでも結局読むスピードではネイティブには絶対に勝てないし……とアイデンティティの問題にぶち当たり勝てるとすれば片足がアジアにあることを活かして比較文学やるしかないと思ったのが大学院の時代近代の日本人は福沢諭吉も森鴎外も芥川龍之介もそうやってヨーロッパと付き合ってきたのだし

もはやこのごろはあきらかな成果がでることよりも生きているあいだには答えがでないようなことを懸命にやることこそおもしろいよなと思うようにもなりましたそもそもかつての文系の大学院なんて人生半分捨てたようなもの修士に進んだら新卒の価値が消え失せて「ふたつ多く歳を取っただけの人」と思われて就職しようにも企業から相手にもされませんいっそ博士課程まで行って学者になろうとしても大学で定職に就けるかもわからないという感じで実際山形に来るまえに暮らしていた富山では非常勤で先の見通しが立たない不安定な時期がありましたでもつらい時代だったかというとそうでもなく時間があるからイワナ釣りに行けたし魚捌きもできるようになったしまだ赤ん坊だった娘の子育てにじゅうぶんにコミットできたし農家に弟子入りして野菜づくりも学んだしいろんな技術や楽しみを得たので結果オーライです

大学で仕事する以上論文を書かなくてはという焦りはいつもありますその焦りは書くことでしか解消されません書くためには読まなくちゃいけないし考えなくちゃいけないうまくいくかどうかは書いてみないとわからない書いている途中で「やべぇどうしよう」と言ってみてもやっぱりじぶんでやるしかないわけで「しかたないまた最初から行くか」と肚をくくってまた読み始める焦ったりイライラしたりしたところでしょうがないわけです

仕事のほかにやることといえばギターやボクシング農作業料理お酒といったことでしょうかストレス解消というわけではありませんそもそもストレスというものをあまり感じるほうではないようですギターも畑もやればそれなりに「ここむずかしいな」という難関があり「あそこは上手にやれたな」という乗り越えたさきに出会える喜びがありますそうやってこころの凸凹が相殺されてトータルで見ればおおよそ満足しているという気がします「いろいろ面倒くせぇなぁ」というときにも早朝に吸いこんだ「空気がうまいなぁ」とか冬の夜中にたまたま目覚めたら「月が綺麗だったなぁ」とか秋になったら「いい野菜が育ったなぁ」とかそういうことがこころの凹みを埋めてくれているのでしょう

今までやってきたいろんなこともこれから歳を重ねるとすこしずつできなくなるでしょうから新しいなにかを見つけなくちゃいけないのかもしれませんでもできないことが増えていくなかでなにかひとつでも上手にできたらその喜びはこれまでよりも大きいものになるんじゃないかとも思います

どうやらぼくにはすこし刹那的なところがあるような気がしますがそれはもしかしたらまだ若いうちに亡くなった父の影響があるのかもしれません長期的な計画もなく野望もなく上昇志向もほとんど持っていないのもそのせいかもしれません正直「老後はこういうことがしたい」というような話が聞こえてくると「なんで生きている前提なのよ」と言いたくなる気持ちにならなくもないのです

Text: 那須ミノル
real local山形ライター。
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